MOGURAGUMI(モグラ組)とは?80年代に人気だった謎のキャラクターを当時の資料から紹介

サングラスをしたモグラのイラスト キャラクター

MOGURAGUMI(モグラ組)とは?80年代に人気だった謎のキャラクターを当時の資料から紹介

皆さんは、MOGURAGUMI(モグラ組)というキャラクターを覚えているでしょうか?

名前は覚えていないけど、
このキャラクターは見たことがある

昔、このキャラクターのおもちゃを持っていた!

そんな人もいるかもしれません。

モグラ組は、1980年代にゼンマイで動くおもちゃやテレホンカードなど、さまざまな商品が展開されていたキャラクターです。
ところが、現在ネットで「モグラ組」や「MOGURAGUMI」と検索してみると、驚くほど情報が出てきません。

検索結果に出てくるのは、パチンコの「CRモグラ組」に関する情報が多く、今回紹介するモグラ組について詳しく書かれたものはほとんど見当たりません。

これだけ商品展開されていたキャラクターなのに、なぜここまで情報が残っていないのでしょうか。

今回は、私が入手したこの資料をもとに、現在ではほとんど知られていないMOGURAGUMI(モグラ組)について掘り起こしてみたいと思います。

私が入手した「モグラ組」の資料

今回の記事で紹介するのは、私が某フリマサイトで入手した資料です。

そこに挟まっていたのが、1993年1月10日付の一枚の紙。

紙には「カラー版『モグラ組』カタログを完成させましたので一部進呈いたします」と書かれていました。

モグラ組のカタログに入っていた資料

そのため、この記事ではこの資料を「モグラ組カタログ」と呼ぶことにします。

そして、この紙でもう一つ気になるのが、下部にある「商品化権窓口」という文字。

さらに、

「東映動画 商品営業部『モグラ組』プロジェクトスタッフ一同」

という記載があります。

電話番号も掲載されていますが、現在の連絡先として使われている可能性などを考慮し、この記事では伏せています。

関係者向けの資料だったのだろうか?

この資料が誰に配布されたものなのかは、現時点では分かっていません。

ただ、宛名欄が「○○様」となっていること、「商品化権窓口」という記載があること、そして「モグラ組プロジェクトスタッフ一同」となっていることを考えると、一般の子どもたちに向けた商品カタログというより商品化やライセンス展開に関係する企業・関係者などへ配布された資料だった可能性があります。

もちろん、これだけで「関係者限定だった」と断定することはできません。

しかし、少なくともモグラ組が単なるイラストキャラクターではなく、商品化を前提としたプロジェクトとして動いていたことは、この資料からうかがえます。

モグラ組の商品カタログ
ハードカバー。内容はアメコミ風のタッチで漫画の様に紹介されています

モグラ組は1993年の時点で「誕生から12年」だった

この資料には、さらに興味深い記述があります。

これまでモグラ組については、現在ネット上で確認できる情報が少ないため、いつ頃生まれたキャラクターなのかも分かりにくい状態でしたが、「誕生してから12年」とはっきり書かれています。

資料の日付は1993年1月10日。

この記述をそのまま受け取るなら、モグラ組は1981年ごろに誕生したことになります。

つまり、この一枚の紙だけでも、モグラ組が少なくとも1980年代初頭には存在していたことを示す手掛かりになります。

しかも1993年の時点で、

「今年もきっと業界をあばれまくるぞ」「みんなも応援してネ!」

と書かれています。

どうやらモグラ組は、1990年代に入ってもまだ現役だったようです。

モグラ組の原作者は原裕朗氏

では、そんなモグラ組を生み出したのは誰なのでしょうか。

原作者は、原裕朗(はら・ひろあき)氏です。

原氏は、現在では絵探し絵本「冒険!発見!大迷路」シリーズの作者として知られています。

ポプラ社のインタビューでは、原氏自身がこれまでの経歴について語っています。

原氏は20代前半に出版社で営業の仕事を経験した後、セキグチ クリエイティブ ハウスへ転職。

当時は「モンチッチ」が大ヒットしていた時代で、他社がモンチッチのキャラクターを使って商品を展開するライセンスビジネスが盛んに行われていました。

原氏はそこでライセンス契約やマーチャンダイジングについて学び、オリジナルキャラクターの企画にも携わるようになります。

そして、その後に生まれたキャラクターの一つが「もぐら組」でした。

モグラ組のフライヤーの表画像

独立した原氏に「もぐら組」もついてきた

ここは、モグラ組について調べていて特に面白かったところです。

原氏は30歳のタイミングで独立し、東京・乃木坂に自分の会社「バースデイ」を設立。

その際、セキグチ側が、原氏自身が生み出したキャラクターの「もぐら組」を独立祝いとして持たせてくれたと、原氏本人がインタビューで語っています。

つまりモグラ組は、原氏がセキグチ クリエイティブ ハウス時代に生み出し、その後の独立にも一緒についてきたキャラクターだったというわけです。

ポプラ社の記事には、実際の「もぐら組」のパンフレットや、玩具になったキャラクターの写真も掲載されています。

原氏本人も、もぐら組が人気となり、玩具になったことを語っています。

今回私が入手した資料とも、ここでつながってきます。

MOGURAGUMI(モグラ組)ってどんなキャラクター?

それでは、ここからは私が入手した資料をもとに、モグラ組の世界を紹介していきます。

主人公となるのは、モギー・トープというモグラ。

モギーは「なんでも屋」を営んでおり、ヘイおばさんから仕事を斡旋してもらっています。

そして、モギーの仕事を手伝うのが「チビモグ」たち。

ほかにも、看護婦のピンキー、モギーの仕事を邪魔するグロッキー、心優しいミリーなど、個性的なキャラクターが登場します。

単なる「かわいいモグラのキャラクター」というだけではなく、キャラクター同士の関係まで細かく設定されていたようです。

モグラ組のキャラクター紹介

①モギー・トープ(MOGGIE TOOP)

モグラ組の中心となるキャラクター。

なんでも屋「モグラグミ」の社長で、仕事の依頼は電話で受けています。

依頼のほとんどはヘイ!おばさんから紹介されるもの。

ところがモギーはドジな性格で、請け負った仕事は大体失敗してクビになってしまうようです。

「なんでも屋なのに、仕事をすると失敗する」という、なんともコミカルな主人公です。

ちなみに、ネズミが苦手という弱点もあります。

②チビモグ(Chibi Mogu)

モギーの仕事を手伝う子モグラたち。

何人いるのかは不明ですが、モギーのことを手伝いたくて仕方がないようです。

モギーにとっては頼もしい仕事仲間……なのかもしれません。

③グロッキー(Grocky)

モギーの仕事を必ず邪魔しにやってくるブルドッグ。

元ボクシング世界チャンピオンという経歴の持ち主です。

ピンキーに思いを寄せているという一面もあります。

さらに、11人のグロッキーブラザーズの父親という設定まで。

モギーとは対立するライバル・悪役ポジションのキャラクターだったようです。

④ピンキー(Pinkie)

ニューヨークシティの看護婦。

女医に憧れている、夢多きキャラクターです。

チビモグたちの憧れの的でもあります。

そして、なぜかファミコンが大好きという設定まであります。

1980年代に生まれたキャラクターらしい設定で、個人的にはかなり気になるところです。

⑤ヘイ!おばさん(Mrs. Hey)

モギーに仕事を斡旋してくれるおばさん。

さまざまな仕事の元締めをしており、大金持ちでもあります。

豪邸に一人で住んでいるという、なかなか謎の多い人物です。

モギーに仕事を持ってきてくれる、重要なキャラクターでもあります。

⑥ミリー(Mirry)

ヘイ!おばさんの事務所で働いている女の子。

心優しい性格で、モギーのことをひたすら愛しているようです。


こうしてキャラクターを並べてみると、主人公を中心に、仲間、ライバル、ヒロインなど、それぞれに役割が与えられていることが分かります。

モギーは本当に「なんでも屋」だった!

モグラ組の面白いところが、主人公モギーの仕事です。

「なんでも屋」という設定だけあって、本当にさまざまな仕事に挑戦しています。

私が入手した資料には、次のような仕事が掲載されています。

道路工夫 タクシードライバー 銀行員
コック 郵便集配人 警察官
歌手 医者 野球選手
窓ふき ペンキ塗り ケーキ屋
ハウスクリーニング コンビニの店員 消防士
サラリーマン探偵 マジシャン バーテン
占い師 花屋 ガソリンスタンド
セールスマン 探検家

こうして並べてみると、本当に何でもやっています。

銀行員、警察官、医者、消防士、野球選手、マジシャン、探検家……。

ここまで来ると、「なんでも屋」という設定を徹底的に活用したキャラクターだったことが分かります。

しかもモギーはドジ。それぞれ失敗してクビになったという設定でイラストでは色々な職業に扮していたということになっているようです。

一体、それぞれの仕事でどんな失敗をしたのかも気になるところです。

原裕朗氏と「貝獣物語」の意外なつながり

そして、原裕朗氏の経歴を調べていて、個人的に一番驚いたのがゲームとのつながりでした。

原氏はライセンスビジネスの世界からゲーム業界へ進出し、最初にタカラと『トランスフォーマー コンボイの謎』を制作。

その後、オリジナル作品として手掛けたのが、1988年にナムコから発売されたファミコンソフト『貝獣物語』です。

実は私は『貝獣物語』に個人的な思い入れがあります。

まさか「モグラ組について調べていたら、昔遊んでいた『貝獣物語』につながる」とは思っていませんでした。

こういう思わぬところで、昔好きだった作品同士がつながってくるのも、古いキャラクターやゲームを調べる楽しさの一つです。

原氏はその後もゲームやカードゲームなど、さまざまな分野で活動。

コミックボンボンの漫画「大貝獣物語」「召喚王エクレス」などの原作を手掛けたり、絵本作家として「ねこのミルとねずみのチムニー」「冒険!発見!大迷路」シリーズが大人気となりました。

MOGURAGUMIは今でも復活できそう?

ここまでモグラ組について調べてみると、個人的には「もう一度グッズを出してほしい」と思ってしまいます。

モギー、チビモグ、グロッキー、ピンキー、ヘイ!おばさん、ミリー。

これだけキャラクターが揃っていて、それぞれに設定まであります。

モグラ組のフライヤーの裏面画像

今の時代なら、ガシャポン、フィギュア、アクリルスタンド、トレーディングカード、ぬいぐるみなど、いろいろな商品にできそうです。

当時を知っている世代には「懐かしい!」という魅力がありますし、知らない世代には80年代らしいレトロなキャラクターとして新鮮に映るかもしれません。

最近は、昔のキャラクターや玩具が再発見されることもあります。

モグラ組にも、もう一度スポットライトが当たってほしいところです。

まとめ|MOGURAGUMIは「忘れられたキャラクター」なのか?

今回は、1980年代から活躍していたMOGURAGUMI(モグラ組)について、私が入手した資料と原裕朗氏のインタビューをもとに紹介しました。

現在、ネット上でモグラ組について調べても、まとまった情報はなかなか見つかりません。

しかし、今回の資料には、1993年1月10日の日付とともに「誕生してから12年」と記されています。

これが正しければ、モグラ組は1981年ごろには誕生していたことになります。

さらに、1993年の時点でも「カラー版『モグラ組』カタログ」が制作され、「これからもスタッフ一同がんばります」と書かれていました。

しかも、その資料には「東映動画 商品営業部『モグラ組』プロジェクトスタッフ一同」という記載まであります。

少なくとも、モグラ組が長期間にわたって商品化・キャラクタービジネスの対象となっていたことは、この資料からうかがえます。

そして、原裕朗氏本人のインタビューからは、モグラ組がセキグチ クリエイティブ ハウス時代に生み出され、原氏が独立した際には「独立祝い」としてキャラクターを持たせてもらったことも分かりました。

現在では、すっかり忘れられてしまったように見えるモグラ組。

それでも、こうして当時の紙の資料を探してみると、そこには確かにキャラクターが存在していた証拠が残っています。

ネットに情報がほとんど残っていないからこそ、当時の資料を手掛かりに少しずつ掘り起こしていく。

今回のモグラ組も、そんな「忘れられたカルチャー」の一つなのかもしれません。

もしかすると、まだどこかにモグラ組のグッズや資料が眠っているかもしれません。

そしていつか、モギーやチビモグたちが再びグッズになって帰ってくる日が来たら……。

個人的には、かなり嬉しいです。


※この記事では、私が入手した当時の「モグラ組」資料をもとにキャラクター設定などを紹介しています。

また、原裕朗氏の経歴については、ポプラ社「こどもの本編集部」による原氏へのインタビュー記事も参考にしています。

※参考にしたポプラ社のインタビュー記事です。
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