【ドット絵の残像とコントローラーの火傷。僕らが徹夜した名作たち】
ゲームが「映画のような美麗なグラフィック」になるずっと前、僕たちは正方形のドットの隙間に、制作者の執念と自分自身のイマジネーションを滑り込ませて遊んでいた。
ファミコンの電源を恐る恐る入れ、画面がバグるたびにカセットの端子に息を吹きかけていたあの黎明期。やがて時代は進み、黒く重厚な「PCエンジンDUO」が我が家にやってきたときの衝撃は今でも忘れられない。
CD-ROMが回転する微かな駆動音の後に流れる、生音に近いBGMと声優のボイス。
「未来が部屋にやってきた」と本気で震えた。
このカテゴリでは、そんな私の人生を狂わせた(良い意味で)ゲームたちの記憶を紐解いていく。 友達を家に集めて友情決裂の一歩手前まで怒鳴り合った『桃太郎電鉄』の理不尽なキングボンビーの恐怖。
カードゲームのワクワク感をそのままファミコンに持ち込んだ『モンスターメーカー』の徹夜の夜。
そして、メーカーの都合や大人の事情によって、まるで“なかったこと”にされかけたPCエンジン版『イースIV』の悲劇と、僕たちの初恋泥棒だったリリアの幻影。
さらに、合併という激動の歴史を駆け抜けたスクウェアとエニックスが、僕たちの多感な時期にどれほどの光を投げかけてくれたか。
世間一般のゲームレビューサイトのような、最大公約数の評価はどうでもいい。理不尽な難易度に絶望し、コントローラーを握る親指にマメを作りながらも、画面の向こう側の世界を信じ切っていた「あの頃の僕の視点」から、名作たちの本当の価値を考察する。