See-Sawとの出会いと10年越しで聴けた「キライになりたい」|時代が追いついたユニット

鏡の前にニーメイクの女性が座っている アーティスト

10年越しで聴けた名曲――See-Sawとの出会いと、時代が追いついた瞬間

皆さんは、See-Saw(シーソー)というアーティストを知っているでしょうか。

See-Sawといえば、現在ではアニソン界でも大きな存在感を放つユニットです。梶浦由記石川智晶(以前は千亜紀)の2人組として知られていますが、デビュー当時はベースの西岡由紀子を含め3人組でした。

しかし、今でこそ広く知られる2人ですが、デビューからしばらくはヒット曲に恵まれず、長い不遇の時代もありました。

今回は、そんなSee-Sawと私が出会ったきっかけを、当時の思い出も交えながら振り返ってみたいと思います。

深夜の音楽番組で耳に残った「キライになりたい」

私がSee-Sawを知ったのは高校生の頃でした。

深夜に放送されていた、「今月発売される新譜を紹介する」といった内容の音楽番組をたまたま視聴した時、See-Sawの曲がほんの少しだけ紹介されたのです。

その時に流れたのが、2ndシングルの「キライになりたい」でした。

流れたのはサビの一部分だけ。それでも、なぜかそのメロディーが強烈に印象に残りました。

この曲、ちゃんと聴いてみたいな

そう思った私は、レンタルショップへ探しに行きました。しかし見つからず、今度はCDショップへ。

ところが、そこにも置いていませんでした。

結局、「キライになりたい」は気になる曲として記憶に残りながらも、その日を最後に聴く機会を失ってしまったのです。

4thシングル「素肌-ノーメイク」との出会い

その後、See-Sawは4thシングル「素肌-ノーメイク」をリリースしました。

素肌-ノーメイク-のシングルCDのジャケット

前回、「キライになりたい」を手に入れられなかったこともあり、今度こそ聴いてみたいと思った私は、再びCDショップへ向かいました。

ただ、地方の田舎町にある小さなCDショップです。新譜だからといって、必ず置いてあるとは限りません。

今回もないかな

そんな半分諦めた気持ちで探してみると、珍しいことに1枚だけ入荷されていました。

そして、これが私にとって大当たりでした。

表題曲の「素肌-ノーメイク」ももちろん良かったのですが、カップリング曲の「抱きしめている」もいい曲で、一気にお気に入りのCDになったのです。

好きなアーティストが、いつの間にか消えていく時代

ところが、その後もSee-Sawはいくつかのシングルをリリースするものの、ランキングに絡むようなヒット曲に恵まれませんでした。

当時は今のように、気になるアーティストの曲をネットですぐ聴ける時代ではありません。

地方に住んでいると、CDショップに入荷されなければ、そもそもどんな曲なのかすら分からない。ランキングに入るようなヒット曲ならテレビやラジオで耳にする機会もありますが、そうでなければ情報すら入ってきませんでした。

私の気に入ったアーティストが、なかなかヒットに恵まれず、いつの間にか消えていく。
そんなことは、当時は特に珍しくもなく、See-Sawも私の中ではそのうちの一組になっていました。

当時はまさにCD戦国時代。CDを出せば売れる可能性もある一方で、競争も非常に激しい時代でした。

そんな中で大きなヒットに恵まれなければ、いつの間にか活動が見えなくなってしまうこともあります。
そのため私は、See-Sawも人知れず解散してしまったのだろうと、勝手に思い込んでいたのです。

「あんなに一緒だったのに」で突然再会

そんなSee-Sawの名前を、思いがけない場所で再び目にすることになります。

私が社会人になって働いていた頃のことです。

テレビアニメ『機動戦士ガンダムSEED』のエンディングテーマとして、「あんなに一緒だったのに」がヒット。オリコンチャートにも登場したのです。

久しぶりに目にした「See-Saw」という名前。

最初は、「同名の別人なのでは?」とさえ思いました。

ところが、曲を聴いた瞬間に分かりました。

あ、これ、私の知っているSee-Sawだ!

あの独特な歌い方と声。もはや疑う余地はありませんでした。

まさか、アニソンでSee-Sawの名前を聞くことになるとは。

正直、「そう来たか!」という感じでした。

アニソンでの大ヒットは、正直意外だった

ただ、私にとってSee-Sawがアニメソングで成功したのは、当時かなり意外な出来事でした。

私が知っていたのは「素肌-ノーメイク」などの初期の楽曲です。

その曲を聴いていた頃のイメージからすると、「See-Sawがアニソンで大ヒットする」という姿は、正直あまり想像できなかったのです。

もちろん、曲が悪いという意味ではありません。

むしろ好きだったからこそ、「アニメの世界でブレイクする」という展開が、当時の私には予想外だったのでしょう。

10年越しでついに聴けた「キライになりたい」

「あんなに一緒だったのに」のヒットをきっかけにSee-Sawが再び脚光を浴びる中、2003年には初期の楽曲を中心に収録したベストアルバム『Early Best』(アーリーベスト)が発売されました。

see-sawのアーリーベストのジャケット写真

そこには、私が高校生の頃にどうしても手に入れることができなかった「キライになりたい」も収録されていました。

「キライになりたい」のシングルリリースは1993年。

そして『Early Best』の発売は2003年。

まさか、こんな形であの曲を聴ける日が来るとは……。

10年越しでの伏線回収です。

発売日に購入し、真っ先に聴いたのは、当然ながら「キライになりたい」でした。

そして、人生で初めてフルで聴いた感想は――。

ああ……See-Sawっぽいわぁ!

そんな感じでした。

「キライになりたい」には、すでに今のSee-Sawがあった

私は先ほど、See-Sawがアニソンでヒットしたことが意外だったと書きました。

しかし、「キライになりたい」を改めてフルで聴いてみると、「素肌-ノーメイク」よりも、むしろ後のSee-Sawの楽曲に近いように感じたのです。

そう考えると、あの頃からすでに今のSee-Sawらしさは出来上がっていたのかもしれません。

むしろ、「素肌-ノーメイク」のほうがSee-Sawらしくない曲だったのでは?と思うほどです。

高校生だった当時、流行していた曲を思い返してみると、「キライになりたい」のような楽曲は、少し異色だったのかもしれません。

そう考えると、See-Sawの楽曲は少しだけ登場する時代が早かったのではないか。
そして10年後、ようやく時代がSee-Sawに追いついた。

私はそんな印象を受けました。

不遇の時代を知っているからこそ、今の活躍がうれしい

その後、梶浦由記は他アーティストやアニメ作品の音楽プロデュースなどで活躍の場を広げ、石川智晶もソロ活動などを展開していきました。

もともと実力のあった2人が、経験を積み、実績と名声を手に入れていった。

そりゃ強いわけです。

世の中には、どれだけ実力があっても、どれだけ歌唱力があっても、必ず売れるとは限らないアーティストがたくさんいます。

売れるタイミング、時代との相性、出会いのきっかけ。

実力だけではどうにもならないものもあるのでしょう。

だからこそ、初期の頃からいい曲を作っていたSee-Sawが、長い時間を経て多くの人に知られ、大きな成功を手にしたことは、当時を知る者として少しうれしくなるのです。

まとめ:10年越しの「キライになりたい」とSee-Sawの成功

高校生の頃、深夜の音楽番組でサビだけ聴いた「キライになりたい」。

CDショップにもレンタルショップにもなく、そのまま10年間聴くことができなかった一曲でした。

それがまさか、『機動戦士ガンダムSEED』の「あんなに一緒だったのに」をきっかけにSee-Sawが大きく注目され、ベストアルバムで再び出会えることになるとは思いもしませんでした。

今のように、気になる曲をスマホで数秒後には聴ける時代ではなかったからこそ、10年越しでようやく聴けた時の感動は、今でも強く覚えています。

そして、なかなかヒットに恵まれなかった頃を知っているからこそ、See-Sawの成功はどこか自分のことのようにうれしい。

「あの頃から、いい曲を作っていたんだよな」

そんなことを、今でもふと思い出すのです。


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