90年代は”消えていくアーティスト”が本当に多かった
90年代といえば、まさに音楽CDが飛ぶように売れていたメガヒット時代。
毎週のように新しいアーティストがデビューしては、1〜2曲のシングルとアルバム1枚を残して姿を消していく……そんな光景も決して珍しくありませんでした。
アルバムを3枚出せたら大健闘、と言えるほど当時の音楽業界は激しい戦国時代だったのです。
当時、私も色々な曲を聴きあさっていましたが、なぜか世間一般で大ヒットしている曲だけでなく、1〜2曲で姿を消してしまうような「知る人ぞ知るマイナーアーティスト」の楽曲に強く惹かれることがよくありました。
MDを聴き返すと自分でも思い出せない曲ばかり
昔録音したMD(ミニディスク)を久しぶりに聴いてみると、自分でも

この人、誰だったっけ?
と思ってしまうような曲がたくさん入っています。
どこで知ったのかすら思い出せないレベルの曲が大量に残っています。しかし、改めて聴き直してみると

あ、確かに俺が好きそうな曲だわ
と深く納得してしまうのです。
別に尖っていたわけでも、格好をつけていたわけでもありません。単に自分の「ツボ」に刺さった曲を選んでいたら、結果的にそうなっていただけです。
もちろん、誰もが知る有名アーティストの大ヒット曲だって大好きでよく聴いていました。ただ、「アーティストの知名度やブランドだけで聴く」ということが、人より少なかったのです。
夏になると思い出す「夢のかけら」
そんな数多のアーティストの中でも、なぜか強く記憶に残っていた名前がありました。
それが「大塚純子」というアーティストです。
曲自体は結構リリースしていますが、正直なところ当時の私にとって彼女は「数多現れては消えていくアーティストの一人」に過ぎませんでした。
当時、学生だった私は夏休みになると昼間からテレビを観てゴロゴロと過ごしていました。そのとき決まって流れていたのが、専門学校「日本スクールオブビジネス」のテレビCMです。
そして、そのCMソングとして使われていたのが、大塚純子の「夢のかけら」という楽曲でした。
この曲自体、世間で大ヒットしたわけではありません。なんなら『HipBoyの悲劇』というシングルのカップリング曲です。
ですが、このCMが毎年夏休みにテレビを見ていると流れていたため、「夏休み=このCMとこの曲」というイメージが強烈に刻み込まれました。
さらに「大塚純子」という、アーティストとしてはあまりにも普通過ぎる名前だったからこそ、かえって記憶に残っていました。
後日、中古CDショップでそのシングルを見かけたとき、思わず記念買いしてしまったほどです。

改名しても気付かなかった
その後、大塚純子は「大塚ジュンコ」へ改名します。
私はたまたま「素敵にジングルベル」というCDを購入したのですが、「あれ?これもしかしてあの大塚純子が改名したのか?」と、その時になって初めて同一人物だと気付きました。

その曲の作曲は長渕剛で、こんなビックネームに作曲してもらってるって事は売れるのかな?なんてちょっと思ったものの、結果はランク圏外。
その後は音沙汰もなくなり、私の中でも「その他大勢のアーティスト」として記憶の隅に追いやられていきました。
※後に調べたらこの曲自体、「伊藤さやか」という方のカバー曲だったようです。
しかし、そんな大塚純子の名前を10数年越しに目にすることとなります。
そして出会ったThe gardens
当時、私が毎週楽しみに録画して観ていた音楽番組が『カウントダウンTV(CDTV)』でした。
オリコンランキングをカウントダウン形式で発表していく番組です。
ある週、番組内で「初登場1位」として紹介された楽曲がありました。それが、
The gardens(ザ・ガーデンス)の「Future’s Memories」です。
全く聞いたこともないユニットが突如1位を獲得したことに驚いたが、確かに曲は素晴らしく、私もいい曲だなと好きになりました。
そしてプロデューサーをみて納得しました。

HIM(エイチ アイ エム)の伊秩弘将か!
伊秩弘将という名前で真っ先にHIMを連想する人は殆どいないでしょうが、私にとっては伊秩弘将といえばHIMなのです。
※HIMについてはこちらの記事を参照してください。
HIMとは何者だったのか?SPEEDを生んだ伊秩弘将の幻のユニットと忘れられた名曲
何の事前情報もなく「いいな」と思った曲の制作者が、後から自分の好きなクリエイターだったと分かるパターンは、私にとってよくある出来事です。
HIMとThe gardensの音楽性がそこまで似ているわけではありませんが、説明のつかない「ハマるツボ」が共通していたのでしょう。


その後、The gardensがリリースする曲はどれも好みで、お気に入りのアーティストになりました。
しかし時が経つにつれ、The gardensも新曲を出さなくなり、当時はインターネットも未発達だったため動向も分からないまま、いつしか私の記憶から薄れていきました。
10数年越しの伏線回収! Wikipediaで知った衝撃の真実
さらに時は流れて私も社会人になり、インターネットが一般に普及して知りたい情報をいつでも検索できる時代が訪れました。
ある日、久しぶりにThe gardensでも聴こうと思い立ち、ふと

そういえば、あのユニットってどうなったんだろう?
と気になってWikipediaを開いてみたのです。そこで目に飛び込んできた一文。
伊秩弘将が総合プロデュースするプロジェクトとして発足し、1997年にCDデビューした。メンバーは、ボーカルJunko(大塚純子)のみだが、実質的にはJunko、伊秩、編曲家・田辺恵二の3人を中心としたプロジェクトだった。

……ん? ボーカル Junko(大塚純子)……? ええっ!?
The gardensのボーカル「Junko」とは、あのスクールオブビジネスのCMソングを歌っていた「大塚純子」だったのです!
まさかこんなところで、10年以上も前に記憶の隅に追いやっていた「大塚純子」の名前に再会するとは……!
しかもずっと気に入って聴いてたユニットのヴォーカルになっていたという衝撃の事実だった。
それと同時に、ちゃんと音楽活動を続けて評価される場所にたどり着いたんだな、という事を知れてちょっと嬉しくもありました。
マイナーアーティストを聴く楽しさ
昔のMDやCD-Rを整理していると、思わぬ発見があります。
今ではトップアーティストとなった西野かなのデビュー当時の曲が入っていたり、Every Little Thingの持田香織がソロ名義で活動していた頃の楽曲が残っていたり。
当時はまったく無名だったアーティストが、何年も経ってから大ブレイクすることも珍しくありません。
だからこそ、過去のマイナーアーティストを掘り返して聴いてみると、新しい発見や驚きに出会えることがあります。
私にとって大塚純子とThe gardensのつながりは、そんな「音楽を聴き続けてきたからこそ味わえた驚き」の一つでした。
まとめ
90年代は、数え切れないほど多くのアーティストがデビューし、その一方で人知れず姿を消していった時代でもありました。
大塚純子も、当時はその一人という印象でしたが、後にThe gardensのボーカル・Junkoとして活動していたことを知った時は、本当に驚かされました。
昔好きだった曲を改めて聴き返したり、当時のアーティストの経歴を調べたりすると、今回のような思いがけない発見に出会えることがあります。
もし押し入れの奥にMDやCDが眠っているなら、久しぶりに再生してみてはいかがでしょうか。きっと、忘れていた思い出や新たな発見が待っているはずです。
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