すぎのこ村という幻の第三勢力!明治の傑作チョコ菓子が消えた理由

杉山で狸、猪、兎のキャラが筍きのこ狩りしてる お菓子

子供の頃、「きのこの山」か「たけのこの里」かで本気で言い合った記憶はないだろうか。
あの“きのこたけのこ戦争”は、令和の今でもネットを騒がせるほど有名な論争だ。

しかし―― その苛烈な戦いの裏に、かつて「第三の勢力」が確かに存在していたことを、今の若い世代はどれほど知っているだろうか。

その名は「すぎのこ村」

♪きのこどこの子 あの子はだぁれ
すぎのこ村の すぎのこじゃぁ
きのこたけのこす~ぎのこ〜♪

当時リアルタイムでテレビにかじりついていた世代なら、この哀愁を帯びた独特なCMソングとともに、なんとなくザラついた記憶の片隅に残っているはずだ。

今回は、いつの間にか歴史の闇に消えていった“幻の第三勢力”すぎのこ村について、当時の少年時代の記憶の引き出しを引っ張り出しながら振り返ってみたい。

きのこ軍とたけのこ軍が運動会で騎馬戦をしているイラスト

すぎのこ村とは?きのこ・たけのこに割って入った狂気の第3弾

「すぎのこ村」は、明治から発売されたチョコレート菓子であり、「きのこの山」「たけのこの里」に続く大御所シリーズの堂々たる第3弾として僕たちの前に現れた。

つまり、当時の立ち位置としては完全に、あの盤石な「きのこ vs たけのこ」の二大対立に力技で割り込もうとした野心作だったのだ。
今でこそ2強のイメージがあまりにも定着しすぎているが、昭和のあの頃、僕たちには確かに“3つ目の選択肢”が与えられていた。

しかし結果として、この美しい三つ巴の構図は長くは続かなかった。
そんな切ない歴史の1ページこそ、現代になっても昭和レトロ好きの集まりで最高に盛り上がる定番のトピックなのだ

きのこの山・たけのこの里に挑んだチョコ菓子達の記事はこちら
→80年代チョコ菓子の群雄割拠|きのこ・たけのこブームが生んだ個性派たちの興亡

脳裏にこびりつくCMソングと、消えた動物たちの謎

当時のテレビCMから流れていたメロディは、今でも目を閉じれば口ずさめるほど印象的だった。

♪きのこどこの子 あの子はだぁれ
すぎのこ村の すぎのこじゃぁ
きのこたけのこす~ぎのこ〜♪

このフレーズがうっすらとでも脳裏に刻まれている同世代は多いのではないだろうか。
あの透き通るような歌声の主が、後に数々のアニメ主題歌を手掛ける実力派歌手の白鳥恵美子氏だったと知ったのは、ずいぶん大人になってからのことだ。

CMのクオリティ自体は牧歌的で非常に高かった。
だが、子供ながらに妙な“違和感”というか、マイナー感が漂っていたのも事実であり、そこがすぎのこ村の運命を分けた最初の分岐点だったのかもしれない。

何より、当時の世界観の作り込みが今とは全く違っていた。
現在の「きのこの山」「たけのこの里」はそれぞれのモチーフがそのまま擬人化されているが、当時は「森の動物たち」が主役だったのだ。

ぶた・たぬき・いのしし・さる・うさぎの可愛らしいイメージ画像
現在は動物は登場しない

手元に残る古い記憶を手繰り寄せると、きのこが「タヌキ」で、たけのこが「ブタ」という役割分担。そして新参者のすぎのこ村には、なぜか「イノシシ」が割り当てられていた。

他にもウサギやサルが群れる賑やかな“森の世界観”だったのだが、その中でもイノシシのテンションだけが妙に高かったことを覚えている。

すぎのこ(杉の子)が一体何なのかはよく分からないまま、小さな鬼の金棒のようなものを手にして激しく踊り狂うイノシシの姿。
それが当時の僕がテレビ画面から受け取った、すぎのこ村の強烈なファーストインプレッションだった。

気づけばいつの間にかあの賑やかな動物たちは画面から姿を消し、現在のスタイリッシュなデザインへと統合されていったのが、どこか寂しくもある。

すぎのこ村はどんなお菓子だったのか?実際に貪り食ったあの味

実際のすぎのこ村のパッケージを開けたときの光景は、今でも鮮明に思い出せる。
そのビジュアルは、2大巨頭に負けず劣らず個性的だった。

軸となるのは、短いサクサクのクッキー棒。 その先端にぽってりとチョコレートが纏わされ、さらにその表面をクラッシュナッツがびっしりと覆っている。
一言で例えるなら、「短くカットしたポッキーにナッツを限界までまぶした姿」であり、あるいは「ミニチュアサイズの鬼の金棒」そのものだった。

すぎのこ村のチョコ菓子のイメージ画
こんな感じのチョコ菓子

実際に遠足のおやつに持って行き、口に放り込んだ時の感想は

普通に、めちゃくちゃ美味い

カリッとしたナッツの香ばしさと、クッキーの軽快な食感、そしてチョコの甘みが口の中で完璧なハーモニーを奏でていた。

ただし、問題はここからだった。 確かに美味しい。美味しいのだが……「これじゃなきゃダメだ」という強烈なパンチ力というか、脳髄をパチーンと殴られるような圧倒的な個性が、きのこ・たけのこに比べて一歩及ばなかったのだ。

僕たちの駄菓子体験において、「記憶に残る決定打」がほんの少しだけ弱かったというのが、今振り返る正直な本音である。

2026年現在、あの面影を追い求めるなら

あの懐かしい歪な金棒の形をしたチョコ菓子を今すぐ食べることは叶わないが、もし令和の今、あの味の面影をどうしても追い求めたいのであれば、江崎グリコの「アーモンドクラッシュポッキー」が最も記憶の味に近いと感じる。

アーモンドクラッシュポッキーの写真

棒状のビスケット、クラッシュされたナッツ、そして全体を包むチョコレートの三重奏。
形状こそスタイリッシュなロングサイズになってはいるが、使われている素材の構成要素としてはこれが一番の近道だ。

この現代のポッキーを、頭の中でギュッと3センチほどに短縮し、イノシシのキャラクターを思い浮かべながら店頭で買い求め、ぜひ往時の雰囲気を噛み締めてみてほしい。

アーモンドクラッシュポッキーのお菓子の写真
これをもっとギュッと短くした感じ

棒状のビスケットにクラッシュアーモンドにチョコレートという組み合わせ、形状的にも今の所これが一番近いかもしれません。

店頭で見かけたら購入し、ぜひ食べてみて下さい。

なぜすぎのこ村は消えたのか?

公式が敗戦の弁を明言しているわけではないが、当時、流行り廃りの渦中にいた一人の子供としてのリアルな体感から言わせてもらえば、消え去った理由はあまりにも明白だ。

「きのこ」「たけのこ」という二大巨頭の壁が厚すぎた

これはもう、完全に先行逃げ切りの先行者が強すぎた。
頭からガブッと一口でいけて見た目もコミカルな「きのこ」の食べやすさ。そして、しっとりとしたクッキー生地がもたらす圧倒的な満足感の「たけのこ」。

すでに子供たちのポケットマネーを二分する完成された世界がそこにはあった。あの狭いお菓子売り場の勢力図に割って入るためには、ただ美味いだけではない「概念を覆すほどの差別化」が必要不可欠だったのだ。

コンセプトという名の「記号」の曖昧さ

きのこは「形」で直感的に分かり、たけのこはあの「独特の層を成す食感」で化けた。

一方で我がすぎのこ村はといえば、「ナッツをまぶしたチョコ菓子」という、ぶっちゃけてしまえば「よくある美味しいお菓子」の枠を出ていなかったのだ。

大人になった今なら、商品企画として「きのこ、たけのこ、すぎのこ」と綺麗な韻を踏みたかった大人の事情は痛いほどよく分かる。
だが当時の子供心に、

すぎのこ(杉の子)ってそもそも何だ?

という根本的な疑問が拭えなかった。このキャラクターとしての「覚えにくさ」や「キャッチーさの弱さ」が、お小遣いを握りしめた子供たちの指先を迷わせた最大の原因だったのではないかと考察している。

まとめ|すぎのこ村が僕たちに残した「幻」の教訓

「すぎのこ村」は、偉大なる2大巨頭に勇敢に立ち向かったものの、強すぎる先行者、ナッツチョコという定番ゆえの個性の弱さ、そしてキャラクターとしての立ち位置の曖昧さといった要因が少しずつ重なり合い、いつの間にか静かに市場から姿を消していった。

断言するが、味は決して悪くなかった。むしろ、お菓子としてのクオリティはシリーズ随一と言ってもいいほど、普通に美味しかったのだ。
それでも生き残れなかったという冷酷な現実は――弱肉強食のお菓子界において、単に“普通に美味しい”だけでは巨頭たちには勝てないという、厳しい商売の現実を僕たちに教えてくれる。

今こうして遠い記憶をブログに書き連ねていると、あのイノシシのパッケージを破り、指をチョコまみれにしながら「すぎのこ村」をもう一度、腹いっぱい食べてみたくて仕方がなくなるのだ。


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