『ドン松五郎の生活』を観てみた!西村知美の演技と衝撃の結末

犬と川面で遊ぶ少女 アニメ・映画

『ドン松五郎の生活』を観てみた!西村知美の演技とツッコミどころ満載の衝撃映画

「自分のペットと話せたらいいのにな」

ペットを飼っている人なら、一度くらいはそんなことを考えたことがあるのではないでしょうか。

もし犬や猫が人間の言葉を理解できたら、普段どんなことを考えているのか聞いてみたいものです。

そんな「犬が人間の言葉を理解できる」という設定を題材にした映画が、1986年に公開されました。

それが今回紹介する『ドン松五郎の生活』です。

井上ひさし原作の作品で、犬のドン松五郎がワープロを使って人間とコミュニケーションを取るという、なかなかぶっ飛んだ内容の映画です。

しかも、この映画は内容だけではなく、映画初主演だったアイドル・西村知美の演技があまりにも独特だったことでも、当時ちょっとした話題になりました。

今回は、そんな『ドン松五郎の生活』を実際に観てみたので、映画の内容とともに感想を書いてみたいと思います。

※この記事には映画のネタバレが含まれます。

『ドン松五郎の生活』とは?

『ドン松五郎の生活』は、作家・井上ひさしの原作をもとに1986年に実写映画化された作品です。

物語の中心となるのは、タイトルにもなっている犬の「ドン松五郎」。

この犬がなんと、人間の言葉を理解しているだけではなく、ワープロを使って自分の意思を伝えるようになります。

パソコンを操作する秋田犬

そして、その能力がテレビ番組をきっかけに世間へ知られることになり、ドンは一躍人気者に。

ところが、単なる動物コメディで終わるのかと思いきや、物語は次第に政治や権力、さらには戦争にまで話が広がっていきます。

西村知美の「下手すぎる演技」が当時話題になった

この映画について語るとき、どうしても外せないのが主演の西村知美です。

当時、映画初主演だった西村知美の演技が「ものすごく下手だ」と話題になりました。

私はリアルタイムでこの映画を観たわけではありません。

ただ、西村知美の演技について話題になっていたことは知っていました。

今回、たまたまこの映画を観る機会があったので、

いったいどれくらい酷いんだ?

と、そこにも注目して鑑賞してみました。

私個人の感想としては、正直、噂で聞いていたほど酷くはありませんでした。

もちろん、自然な演技かと言われると、そうでもありません。

ただ、「ド下手」というよりも、

なんだかアニメのアフレコみたいな演技だな

という印象でした。

西村知美の演技は「アニメっぽい」?

西村知美といえば、現在ではアニメや漫画好きとしても知られている人物です。

いわゆる「ヲタドル」の先駆けのような存在でもあります。

しかし、当時は今ほど「オタク」という言葉が一般的ではありませんでした。

むしろ、学校などでアニメや漫画が好きだと知られれば、場合によってはいじめの標的になってしまうこともあった時代です。

今では「アニメが好き」ということを普通に公言できますが、当時はそう簡単には言えませんでした。

当然、デビューしたばかりのアイドルだった西村知美が、現在知られているほどアニメ好きだったということは、世間の人もほぼ知っている人はいなかったでしょう。

そしてそれを知っている現在の私からすると、

もしかして、この頃からアニメの影響でアニメっぽい演技になっていたんじゃないか?

もちろん、本人が言及しているわけではなく、完全に私の勝手な妄想ですが、そんな所なんじゃないだろうか?と思いました。

アニメの演技をそのまま実写でやると、大げさすぎてリアリティがなくなってしまう。
逆に、自然な演技が得意な俳優がアニメで演技すると、今度は棒読みっぽく聞こえてしまう。
それと似たようなものなのかもしれません。

西村知美が声優として演技したらどうだったのか、という話はさておき、個人的には「そこまでボロクソに言われるほど酷くないじゃん」というのが正直な感想でした。

『ドン松五郎の生活』はハートフルコメディだと思っていた

ここからは映画そのものの感想です。

私がこの映画を観る前は、心温まるハートフルコメディなんだろう、と思っていました。

ところが、実際に観てみると……。

確かにツッコミどころは多いのですが、意外と真面目な話でした。

主人公は西村知美演じる圭子という少女。

圭子の父親は小説家なのですが、あまり売れていません。
そのため副業としてテレビのワイドショーの企画を担当しています。
副業でテレビの企画する仕事なんて出来るのか?などと思うだろうがそういう設定なのだから仕方がない。

プロデューサーから、「何か斬新な企画を思いつかないか?」

と急かされても、なかなか良いアイデアが浮かびません。

そんな状況を見かねたドン松五郎が、なんとワープロを使って文字を打ち始めます。

それを見たプロデューサーは、ドンをテレビ番組に出演させることに。

するとドンはあっという間に人気者になってしまいます。

♪どん、どん、どん、どん、松ゴロォ~
どんな奴~だぁって~
き~みには~か~なわない~♪

というような歌まで作られるほどの国民的スターに。

人気者になったドン松五郎を政治家が利用しようとする

しかし、ドン松五郎が人気者になったことで、話はどんどんおかしな方向へ進んでいきます。

総裁選挙を控えている政治家・土屋と、犬の研究者である福山が登場。
彼らは犬を訓練し、政治的に利用しようと考えます。

政治家と研究者

そして、そのターゲットとして目をつけられるのがドン松五郎です。

さらにドンの存在をめぐって、政治家たちの思惑まで絡んできます。
犬の話だと思って観ていたら、いつの間にか国がらみの陰謀まで関わってきました。

「犬が人間の言葉を理解できる」と分かって大騒ぎ

そんな中、ドンのテレビでのパフォーマンスを「インチキだ」と批判する人が現れます。

そして飼い主である圭子までペテン師呼ばわりされてしまいます。
それに怒ったドンは、テレビで、

すべての犬は人間の言葉を理解できる

という、犬界の掟を破り、とんでもないカミングアウトをしてしまいます。

これによって世の中は大混乱。なぜなら、もし犬が人間の言葉を理解できるのなら、

自分が家で話していることも全部聞かれているじゃないか!

ということになるからです。

その結果、犬に知られたくないことまで知られてしまう!と考えた飼い主たちが、飼い犬を捨て始めるという展開になります。

……いやいや、普通は逆じゃないのか?

うちの犬、俺の言葉を理解してるのか!

と、むしろ大喜びする人が続出しそうな気がするのですが、どうやら世の中、そんなに甘くないらしいのです。

政治献金を見られた犬が捨てられるという衝撃

さらにすごいのが、土屋のライバル的な政治家・岡崎のエピソードです。

岡崎は政治献金を受け取っているところを飼い犬の「おぎん」がその現場にいたことを思い出します。

そして、その現場に普通にいたというだけで、おぎんを捨ててしまうのです。

かなり腐った世界観です。

ちなみに、この「おぎん」はドン松五郎の恋人でもあります。

一般家庭で飼われているドン松五郎と、大物政治家に飼われているおぎんが、どうやって知り合ったのかは謎です。

犬を戦争に利用しようとする政治家

さらに話はとんでもない方向へ進みます。

権力者たちは、犬の言葉を理解できる圭子を利用して、犬を自在に操ろうとします。
(圭子が犬の言葉を理解できるという説明はどこにもされていない)

そして、「戦争になっても人間の代わりに全部犬にやらせればいい」という考えます。

戦争になっても人間は指示を出すだけ。犬たちが戦って、犬だけが死ねばいい。

犬を何だと思ってるんだ!

と世間の愛犬家たちが見たら炎上騒ぎにでもなりかねないところですが、この発想、今現在「犬」の部分を「ドローン」などに置き換えることができてしまう。

もちろん、映画の発言内容そのものはかなり酷いのですが、
「人間が直接戦わず、機械や遠隔操作で戦争をする」
という事が現実に出来てしまっています。

そう考えると、意外と先見の明があった映画なのかもしれません。

子供が気球を盗んで犬と救出作戦へ

そして、圭子が誘拐されてしまいます。

圭子を助けるため、圭子の弟がなんと気球を盗んで救出に向かいます。

しかも、ドン松五郎の恋犬であるおぎんと一緒に。

犬と気球に乗る少年

この時点ですでにヤバい展開なのですが、同乗している犬のおぎんが、

そんな前に出ると危ないよ!

と圭子の弟に忠告します。

いや、この状況そのものが十分危ないだろ!
犬と子供で気球を操作して、どうやって目的地まで行くんだ?
というか、どうやって着陸するんだ?

もはや命が詰んでいるようにしか見えません。

ところが、そこは映画。
当然のように何事もなく無事に地上へ降り立ちます。

ドン松五郎、大勢の犬を引き連れて救出へ

一方のドン松五郎も、たくさんの犬たちを引き連れて岡崎の屋敷へ突撃します。

街中を疾走する犬達

そして、無事に圭子たちを助け出すことに成功。

岡崎も逮捕され、

「めでたし、めでたし!」

で終わるのかと思いました。

ところが――。

最後の最後にまさかの衝撃展開

まさかの結末が待っていました。

なんと最後の最後で、ドン松五郎が土屋の部下に銃で撃たれてしまいます。

そして……ドンは死んでしまうのです。

まさかの展開に流石に驚きを隠せませんでした。

というのも、この作品には『ドン松五郎の大冒険』という続編映画が存在しているからです。

ドン松五郎が亡くなり、圭子の提案で父親が「ドン松五郎の生活」という小説を書くというオチで終幕します。

続編『ドン松五郎の大冒険』もかなり攻めている

ちなみに続編となる『ドン松五郎の大冒険』は、ドン松五郎が残した子供の物語だそうです。
いつの間にか子供を作っていたのかは謎であるが。

この続編もなかなかのいわくつきで、犬がハンググライダーで飛ぶシーンがあり、動物虐待ではないかと物議を醸したそうです。

残念ながら、私はまだ続編を観る機会がありません。

ただ、1980年代当時は現在のようなCG技術がありません。

今ならCGで処理するような場面でも、当時は実際に動物を使って撮影していたわけです。

「昭和だから何をやっても許されていた」というわけではないのです。

『ドン松五郎の生活』はある意味では面白い映画だった

『ドン松五郎の生活』を観る前は、犬と少女が繰り広げる心温まる映画を想像していました。

ところが実際に観てみると、

  • 犬がワープロを使う
  • 犬が人間の言葉を理解している
  • 犬がテレビで大人気になる
  • 政治家が犬を政治利用しようとする
  • 犬の能力を戦争に利用しようとする
  • 子供が気球を盗んで犬と救出作戦をする
  • 最後には主人公の犬が銃で撃たれて死ぬ

という、なかなか凄まじい内容でした。

ツッコミどころは満載なのですが、単なる子供向けの動物映画ではなく、政治や権力、戦争、人間の欲望などを絡めた意外と重いテーマが描かれているのも面白いところです。

そして、今回初めてじっくり観てみて、西村知美の演技についても、世間で言われていたほど「ド下手」という感じはしませんでした。

むしろ私には、ちょっとアニメっぽい演技に見えた。

正直、映画として面白いかと言われればそれほどでもないが、これはこれでこの時代のアイドル映画らしい味なのかもしれません。

まとめ

『ドン松五郎の生活』は、犬が人間の言葉を理解するという、一見するとほのぼのした設定の映画です。

しかし、実際に観てみると、政治家による犬の利用や戦争への応用など、意外と社会的なテーマが盛り込まれています。

もちろん、現代の感覚で観ると「いやいや、そんなことある?」とツッコミたくなる場面もかなりあります。

それでも、こういう今ではなかなか作れないような大胆な映画を観られるのは、昔の作品ならではの面白さだと思います。

現在では気軽に観られる作品ではないのが残念なところですが、もし観る機会があれば、

「西村知美の演技は本当にそんなに酷いのか?」

というところにも注目してみると面白いかもしれません。

昔の映画には、現在では考えられないような設定や展開の作品が結構あります。

『ドン松五郎の生活』も、そんな「昭和・80年代映画の自由さ」を感じさせてくれる一本でした。


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