プレイステーションがダウンロード版のみになった衝撃
プレイステーションでは2018年1月以降、PSディスクの生産が終了し、ダウンロード版のみの販売になるというニュースが飛び込んできた。
ゲーム業界の流れを考えれば、サブスクやダウンロード販売が主流になるのは自然なことなのかもしれない。しかし、私にとっては決して小さな出来事ではない。
この問題はゲーム業界だけに限った話ではない。録画用ではあるもののBlu-rayディスクの生産終了も話題になっており、この流れは今後、映画や音楽、書籍など、さまざまなコンテンツへ広がっていく可能性が高いだろう。
パッケージ版だからこそ味わえたゲーム体験
今の世代からすれば、「場所も取らないし、パッケージなんて必要ない」と思う人も多いはずだ。
確かにダウンロード版は便利だ。購入したその瞬間からすぐに遊べるし、ディスクを入れ替える手間もない。
しかし、物として手元に残らないということは、そのサービスが終了したり、配信元の会社が事業をやめてしまったりした場合、自分がお金を払って購入したゲームであっても遊べなくなる可能性があるということでもある。
もちろん、「ゲーム機が壊れたり、ファミコンのように本体そのものが生産終了してしまえば同じでは?」と言われれば、その通りだ。
それでも、ファミコン世代の私にとっては、ゲームソフトを”所有する”という喜びは、ゲーム体験そのものの一部なのである。
今ではダウンロード画面で購入ボタンを押せば、数分後にはゲームを遊び始められる。
しかし、子どもの頃は違った。
誕生日やクリスマスになると、親に連れられておもちゃ屋へ行き、ファミコンソフトを一本買ってもらう。
ショーウィンドウに並ぶ見たことのないゲームソフトを眺めながら、「どんなゲームなんだろう」「カセットの色は何色なんだろう」と想像するだけでも楽しかった。

そして、買ってもらった帰り道の車の中で説明書を読み、家に着くまで待ちきれない気持ちになる。
箱を開け、カセットを取り出し、本体に差し込む。
あの瞬間の高揚感まで含めて、私にとってのファミコン体験だった。
こういう話をすると、「ただの中年の懐古主義だ」と思われるかもしれない。
それでも、今の子どもたちがあのワクワクを体験できないのだとしたら、少し寂しい気持ちになる。
確かに今はクリックひとつで何でも手に入る便利な時代だ。
しかし、昔の「不便さ」には、その不便さだからこそ味わえた楽しさがあったように思う。
ダウンロード版時代が抱える問題点
私が本当に危惧しているのは、ゲームだけではない。
漫画や映画なども含め、現物として残らないことで、作品そのものが後世へ語り継がれにくくなるのではないかということだ。
パッケージ版がなくなれば、友達同士で貸し借りをすることもできない。
中古ショップで安く買って遊ぶこともできない。
漫画であれば、「昔の名作を読んでみようかな」と思っても、最初から新品価格で購入するしかない。
誰かから借りて試しに読んでみることもできなければ、「そこまでして読まなくてもいいか」と思ってしまう人も少なくないだろう。
例えば、今の美麗な作画に慣れた人が、『鉄腕アトム』を定価で購入してまで読もうと思うだろうか。
もし友達から本を借りて読んだ結果、「これは面白い」と感じれば、続きを自分で買う人もいるはずだ。
ゲームも同じで、「このゲーム面白いから遊んでみなよ」と勧められても、最初から自腹で購入しなければならないとなれば、気軽に手を出せる人は減ってしまうだろう。
もちろん、中古市場でどれだけ売れても、作者やゲームメーカーには直接利益は入らない。

だから一見すると、中古販売や貸し借りがなくなった方が製作者にとっては良いようにも思える。
しかし、本当にそうなのだろうか。
企業は商品の魅力を知ってもらうために、体験版を配布したり無料キャンペーンを行ったりする。
つまり、「まず触れてもらうこと」には大きな価値があるということだ。
そう考えると、中古や貸し借りも、短期的には利益にならなくても、作品を広めるマーケティングの一つとして考えれば決して悪い存在ではなかったのではないかと思う。
ゲームだけではない、サブスク時代の不安
このブログを始めて、改めて感じたことがある。
昔は当たり前に見つかった情報が、今では驚くほど見つからない。
ブログ全盛期には個人ブログが数多く存在し、私のような少しマニアックな内容を扱うサイトも珍しくなかった。
検索すれば、大抵の情報は誰かが残してくれていた。
しかし、SNS、とりわけTwitter(現X)の普及や、ブログサービスの終了によって、多くの個人ブログは姿を消してしまった。

その結果、当時の情報そのものが失われつつある。
私は、サブスク全盛の今も同じことが起こるのではないかと危惧している。
いつかサブスクという仕組み自体が終わったとき、映画も漫画もゲームも、自分でパッケージ版を所有していなければ二度と楽しめなくなる作品が増えてしまうかもしれない。
それが、私には何よりも怖い。
もちろん、パッケージ版を販売し続ける企業にも工夫は必要だろう。
限定特典やアートブック、サウンドトラックなど、「パッケージ版だからこそ欲しくなる価値」を提供しなければ、消費者はますますダウンロード版を選ぶようになる。
便利さを求める時代だからこそ、手元に残る価値も忘れてほしくない。
まとめ|便利さの裏で失われていく「所有する楽しさ」
ダウンロード版やサブスクは、これからもますます主流になっていくのだろう。便利であることは間違いないし、その恩恵を私自身も受けている。
それでも、ゲームソフトを手に取り、パッケージを開け、説明書を読みながら胸を躍らせたあの時間は、データだけでは決して味わえない思い出だった。
そして何より心配なのは、サービスが終了したとき、作品そのものが簡単に遊べなくなったり、見られなくなったりする未来である。
ゲームも映画も漫画も、その時代を映す大切な文化だ。
便利さを追い求める一方で、後世へ作品を残していく方法についても、メーカーや私たち利用者が考えていく時代になったのかもしれない。
ファミコン世代の一人としては、これから先も「パッケージ版」という文化が少しでも長く残り、多くの人に作品を”所有する喜び”を味わってもらえることを願っている。
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