「ゲームは一日一時間」はなぜ生まれたのか? ファミコン時代に親が恐れていたこと
「ゲームは一日一時間。」
ファミコン世代なら、一度は聞いたことがある有名な言葉だろう。
これを広めたのは、当時の子供たちのヒーロー的存在だった高橋名人。
まさにファミコンブームの象徴のような人物だった。
しかし、実際に当時のゲームを遊んでいた人なら分かると思うが、ファミコンのゲームは今のように親切ではない。
セーブ機能がないものも多く、パスワードすら存在しないゲームも珍しくなかった。
そのため、1時間でクリアできるゲームなどほとんどない。
では、なぜ「一日一時間」だったのか。
これは当時、子供がゲームばかりやって勉強しないという親たちからの不満や苦情が非常に多かったため、業界側としても何らかのメッセージを出す必要があったからだと言われている。
つまり、「ゲームばかりやらず、ちゃんと節度を持って遊びましょう」という意味合いが強かったのだろう。
そして当時、親たちがゲームを嫌がる理由は「勉強しなくなる」だけではなかった。
今回は、ファミコン時代に本気で信じられていた“ゲームへの不安”について、特に印象的だったものを2つ振り返ってみたい。
ファミコンをやるとテレビが壊れる?
今の時代からすると少し信じられない話だが、当時は「ファミコンをやるとテレビが壊れる」という噂がかなり広まっていた。
インターネットもなく、情報源はテレビや雑誌、口コミくらいしかなかった時代。
そういう話は一気に広がり、いつの間にか“常識”のようになっていたのである。
実際には、ファミコンはVHFの1chか2chに接続して使うだけなので、それでテレビが壊れるなどということは基本的にない。
だが、うちの親も普通に信じていたし、子供だった私自身も「そういうものなんだろう」と思っていた。
焼き付きという現象は実在した
ただし、完全に根拠ゼロだったわけでもない。
昔のブラウン管テレビやパソコンには「焼き付き」という現象が存在した。
これは同じ画面を長時間表示し続けることで、その映像の跡がうっすら残ってしまう現象である。
昔のパソコンにスクリーンセーバー機能があったのも、焼き付きを防ぐためだった。
とはいえ、私の周囲で本当にテレビ画面が焼き付いた人は見たことがない。

有名な例としては、ファミコンソフト『たけしの挑戦状』で、地図画面を開いたまま1時間待たないとヒントが出ないという異常な仕様があったが、それでも「テレビが壊れた」という話は聞かなかった。
それを考えれば1時間や2時間で焼き付くなどという事はないのだろう。
「ゲーム専用テレビ」を持っていた子供たち
とはいえ、親からすれば高価なお茶の間テレビが壊れるかもしれないというのは大問題だった。
その結果、当時は「ファミコン専用テレビ」を子供に与える家庭も少なくなかった。
よくあったのは、14インチ前後の小型ブラウン管テレビ。

比較的安価で、子供部屋や自室に置くにはちょうど良いサイズだった。
ファミコン世代の人なら、あの小さいテレビでゲームをしていた記憶がある人も多いのではないだろうか。
ファミコンをやると目が悪くなる
こちらに関しては、実際にかなり信じられていたし、ある意味では間違っていなかった。
実際、私の周囲でもファミコンをやり過ぎて視力が落ちた人は結構いた。
ただ、今になって考えると、それは何もファミコンだけが原因ではない。
本でも勉強でも、目を酷使すれば視力は落ちる。
では、なぜ特にファミコンが「目に悪い」と言われたのか。
私自身は、ゲームそのものより“遊び方”に原因があったのではないかと思っている。
小さなテレビを至近距離で見ていた時代
当時の子供たちは、ファミコン用に与えられた小型テレビを床に直置きし、その目の前に座って遊ぶことが多かった。

今のように「画面との距離を取る」「目線を下げ過ぎない」「姿勢を正す」といった情報は、ほとんど知られていなかった時代である。
小さな14インチのブラウン管テレビを、かなり近い距離から何時間も見続けていれば、そりゃ目も疲れる。
しかも、自分の部屋を持っていた子供の中には、親に隠れて夜中に電気を消したままファミコンをしていた人もいた。
暗い部屋で、至近距離から小さな画面を見続ける。
今なら「それは目に悪そうだな」と誰でも思うが、当時はそんなことを深く気にする時代ではなかった。
ちなみに私は、ファミコン専用テレビを買ってもらえる余裕がなく、普通に20インチくらいのリビングテレビで遊んでいた。

それが逆に良かったのか、結果的には視力はほとんど落ちなかった。

まとめ
ファミコン時代は、今とは違ってゲームに対する不安や誤解が非常に多かった時代だった。
「テレビが壊れる」「目が悪くなる」「勉強しなくなる」――。
親たちは本気で心配していたし、子供たちはそんなことを言われながらも夢中でゲームを遊んでいた。
今のようにネットで正しい情報をすぐ調べられる時代ではなかったからこそ、噂や都市伝説のような話も本気で信じられていたのである。
しかし、そうした“ちょっと大げさな心配”も含めて、あの頃のファミコン文化の一部だったのかもしれない。

こちらの記事も合わせていかがですか?
なぜ私はスーファミではなくPCエンジンを選んだのか|DUO購入の魅力を語る体験談


コメント