ファミコン世代に走った衝撃——スクウェアとエニックスの合併
小学生の頃、ファミコンに出会ってからというもの、テレビゲームの楽しさに夢中になってきた。
あの頃は「このまま一生ゲームをして生きていくんだろうな」なんて、本気で思っていた気がする。
けれど、いつの間にか大人になり、社会に出て働き始めると、学生時代のようにゲームに時間を使う余裕はなくなっていった。
気がつけば、ゲームそのものに触れる機会さえほとんどなくなっていた。
そんな日々を送っていた2003年。慣れない仕事に追われ、すっかりゲーム機からも遠ざかっていたある日、職場のパソコンで何気なくインターネットのニュースサイトを開いた時だった。
画面に躍り出た文字を見て、私は思わず自分の目を疑った。
「スクウェアとエニックスが合併」
疲れも吹き飛ぶほどの、まさに青天の霹靂だった。
一瞬、質の悪いエイプリルフールの冗談か、どこかの個人サイトのデマではないかと本気で疑ったほどだ。

この記事では、あのニュースを知った当時の衝撃と心境を振り返ってみたい。
「あり得ない」と思った理由
正直に言うと、最初に浮かんだのは

あり得ない!!
という一言だった。
おそらく同じ時代を生きたファミコン世代の多くも、同じ感覚だったのではないだろうか。
何しろ、私たちが子供時代に人生を狂わされるほど熱中した、あの「二大RPG」を生み出した生みの親同士なのだ。
片や、新作が出るたびに学校中でその話題になり、おもちゃ屋の前に並ぶ大人の姿がテレビのニュースを賑わせた、あの国民的RPGの牙城。
片や、そのライバルとして、映画のような美しい映像とドラマ性で当時の尖った少年たちの心を掴んで離さなかった、もう一つの最高峰。
今でこそ「FF」と略されるが、当時は「ファイファン」と呼びながら、どちらが格好いいかで本気の議論を戦わせたものだ。
ドラクエ派か、ファイファン派か
当時の子供たちの間では、自然と派閥が生まれていた。
- 王道の冒険に胸を躍らせた、ドラクエ派
- 最先端のグラフィックに酔いしれた、ファイファン派
もちろん他にも面白いゲームはたくさんあった。 ただ、この2つの血統に関しては、やはりゲーム界における“格”が違った。
だからこそ、この2社は常に背中を預け合うことのないバチバチのライバルであり、まさか手を組む日が来るなんて、想像すらしたことがなかった。
例えるなら、「長州と薩摩が同盟を結んだ」位のあり得ない出来事。
敵対していた勢力同士が突如として手を結ぶような、それくらいの衝撃。
当時のゲームファンにとっては、まさに日本列島が幕末以来の地殻変動に包まれたといっても過言ではない。
それほどまでに、我々の世代にとってこの両者は、交わるはずのない特別な存在だったのだ。
「強すぎる会社」が生まれてしまうという感覚
あのニュースを知ったとき、真っ先に思ったのはこれだった。

もはやチートだろ!反則だわ!
冷静に考えれば、激動の時代を生き抜くための前向きな経営判断だったのかもしれない。
でも当時の私の感覚では、少年漫画の宿敵同士が急に合体技を使い始めたような、どこか“反則”のように思えてしまった。
本気で「エンタメの世界でこんな独占が許されるのか」と、子供じみた法律の心配をしたほどだ。

合併の裏に感じた不安
同時に、大いなる困惑もあった。

この2社が合併しないといけないほど、業界は厳しいのか?
スクウェアが社運を賭けて挑んだ、あの壮大なフルCG映画の興行的な苦戦と、それに伴う巨額の痛手については風の噂で耳にしていた。
ただ、その後に続く本編のナンバリングタイトルで、とうに一発逆転の巻き返しを果たしたものだとばかり信じ込んでいたのだ。
一方のエニックス側にも、目立った不安要素など見当たらなかった。
だからこそ、なぜこのタイミングで二大巨頭が一つにならなければならなかったのか——。
当時はどうしても、その文字面の裏にある業界の冷徹な現実に、心の整理がつかなかった。
連鎖していく業界再編と、押し寄せる諸行無常
スクエニの合併という巨大な地殻変動を皮切りに、私の愛したファミコンの風景は、まるでドミノが倒れるように姿を変えていった。
パックマンのナムコがバンダイと一つになり、歴史シミュレーションで寝不足にさせてくれた光栄(コーエー)がテクモと手を組んだというニュースが流れた時も、かつての尖った開発集団すら単独では生き残れない時代のシビアさを突きつけられた気がした。
極めつけは、夏休みのキャラバンで日本中の子供を熱狂させたハドソンの「蜂のマーク」が市場から消え、コナミに吸収されたことだ。あの高橋名人の16連射に憧れた少年時代の眩しい思い出まで、冷たいビジネスの波に飲み込まれていくようで、胸が締め付けられるような寂しさを覚えた。
※ハドソンの代表作・桃鉄についてはこちらの記事でも触れています
桃太郎電鉄はなぜ桃太郎が鉄道会社?元ネタと誕生理由をファミコン世代が解説
本来ならどれも業界が揺れる大ニュースのはずなのに、あの「スクエニ」の衝撃を経験した後の私にとっては、どこか冷めた目で

まあ、あの2社が合併するくらいだからな…
と妙な納得をしてしまっている自分がいた。
さらに気づけば、ジャレコやデータイーストといった、かつてファミコンショップの棚を賑わせていた味わい深い名メーカーたちも、いつの間にか静かに表舞台から姿を消していた。
まさに、諸行無常。時代は確実に、私たちの知っている「あの頃」から移り変わっていた。
まとめ
スクウェアとエニックスの合併は、単なる企業ニュースではなかった。
ファミコン世代にとっては、
「一つの時代が完全に終わったのだな」
と実感させ、切なく寂しい気持ちにさせる出来事だった。

かつて夢中になったゲームたちを生み出したメーカーが、
競い合う存在から、一つの会社へと変わる——
今振り返ると、この合併はゲーム業界が大きく変わっていく転換点のひとつだったのだと思う。
あのとき感じた衝撃は、ゲームそのものだけでなく、自分たちの時代が一歩先へ進んだことを知らせる合図でもあったのかもしれない。

こちらの記事も合わせていかがですか?


コメント